水戸地方裁判所 平成10年(ヨ)93号 決定 1999年3月15日
債権者
横山茂
外三一四名
右債権者ら代理人弁護士
谷萩陽一
同
佐藤大志
同
坂本博之
同
梶山正三
同
廣田次男
同
安江祐
右復代理人弁護士
五來則男
債務者
株式会社赤塚設備工業
右代表者代表取締役
大谷繁夫
右債務者代理人弁護士
武田隆志
主文
一 債務者は、別紙物件目録記載の各土地について、産業廃棄物最終処分場を建設、使用、操業してはならない。
二 債権者大部新一郎の申立てを却下する。
三 申立費用は、債務者の負担とする。
理由
第一 申立ての趣旨
主文第一項及び第三項と同じ(なお、債権者大部新一郎も同旨の申立てをしている。)。
第二 事案の概要
本件は、債務者が別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)に設置、使用、操業を予定している産業廃棄物最終処分場(以下「本件処分場」という。)から排出される有害物質によって汚染された地下水及び地表からの流出水(表流水)によって、債権者らの使用している水道水、井戸水、農業用水が汚染されるおそれがあるとして、債権者らの人格権、水利権に基づき、本件処分場の建設、使用、操業を差し止めるとの仮処分を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 債務者
債務者は、産業廃棄物の収集・運搬業、産業廃棄物の最終処分業等を業とする株式会社であり、本件土地上に本件処分場の設置を計画している者である。
2 本件処分場の計画概要
(一) 本件処分場は、いわゆる「安定型処分場」であり、廃プラスチック、建設廃材、ガラスくず及び陶器くず、金属くず(いわゆる「安定五品目」からゴムくずを除いた四品目)の処分を予定しているものである。埋立地の面積は約一万二二五四平方メートル、埋立容量は約一二万七九四七立方メートル、埋立てに要する期間は約一一年間とされている。
(二) 埋立ては、自然の地形を利用して沢を埋め立てる方法による。すなわち、本件処分場の底部に現在ある表面の腐植土やローム層の表土を除去し、泥岩層を露出させてこれを階段状になるように削り取ったうえで、産業廃棄物を埋め立てる。廃棄物が三メートルの厚さの層になった段階で、0.5メートルの厚さの中間覆土を行い、サンドイッチ状に重ねていくというものである。
本件処分場の北側及び西側については、自然の斜面を利用するが、南側斜面については、地権者の同意が得られなかったため、処分場としては利用せず、コンクリート製の仕切板を設置し、その南側は産業廃棄物ではなく普通土によって埋め立てる予定である。
処分場の東側、すなわち埋立地の下流部分には泥岩層を削り取った際にできる岩砕によって堰堤を築造する。この堰堤の高さは第一期計画で一〇メートル、第二期計画でさらに五メートルの高さを継ぎ足して、最終的には一五メートルの高さとなる予定である。また、廃棄物と接する堰堤の法面には、厚さ1.5ミリメートルの遮水シートを張ることとされている。
3 安定五品目について
本件処分場に埋立てを予定しているものは、既述のとおり、廃プラスチック、建築廃材、ガラスくず及び陶器くず、金属くずの四品目である。廃棄物の処理を規制する「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」及び同施行令によれば、右四品目にゴムくずを加えた「安定五品目」については、「安定型処分場」への投棄が認められている。
産業廃棄物の最終処分場としては、この「安定型処分場」以外に、廃油、紙くず、木くず、繊維くず、動植物性残渣、動物のふん尿、動物の死体及び無害な燃え殻、ばいじん、汚泥、鉱さい等を埋立処分する「管理型処分場」、有害な燃え殻、ばいじん、汚泥、鉱さい等を埋立処分する「遮断型処分場」がある。管理型処分場においては、地下水汚染を防止するために、保有水や雨水等の埋立地からの浸出を防止するための遮水工や集水設備、浸出液処理施設の設置が義務づけられ、遮断型処分場においては、コンクリートによる外周仕切設備が必要とされている。
これに対し、安定型処分場は、素掘りの穴に直接廃棄物を投棄し、これに土をかぶせて埋めるという構造のものであり、地下水の汚染を防ぐための設備については設置を予定していない形態の処分場である。
4 本件処分場についての行政手続の経過
(一) 本件処分場の建設にあたって、平成六年五月二三日付けで債務者から茨城県知事に対し、「廃棄物処理施設の設置(変更)に係る事業計画概要書」が提出され、さらに、平成七年三月一三日付けで「廃棄物処理施設の設置(変更)に係る事業計画書」が提出された。
水戸市長は、平成七年一一月二四日付けで県知事に宛てた意見書の中で、本件処分場の建設について水道の水源に近接していること等から「適切ではない」との意見を表明した。
(二) 債務者は、平成八年一〇月二一日、「産業廃棄物処理施設許可申請書」を茨城県知事に提出したが、これを受けて茨城県知事は、平成八年一二月一二日付けでこれを不許可とする旨の処分をした。その理由とするところは、水戸市の水道水への影響が懸念されたこと、周辺の地質、地形その他安全性に関する検討を加えた結果、生活環境の保全を図る上で支障が生ずるおそれがあること、周辺住民や水戸市長との調整がついていない状況においては、施設の設置や適切な運営が困難であることなどであった。
(三) 債務者が、これを不服とし、厚生大臣に対し審査請求を行ったところ、厚生大臣は、「法第一五条第二項各号に定める要件に適合すると認めるときは、必ず許可しなければならない」との理由で、平成九年一二月二二日付けで茨城県知事の右不許可処分を取り消す旨の裁決を行った。
(四) 茨城県知事は、この裁決を受けて次のようなコメントを発表した上で、平成一〇年一月三〇日付けで本件処分場の平成八年一〇月二一日付け許可申請に対し、「廃棄物の埋立前に展開検査を実施すること。浸透水、地下水、放流水の水質検査を定期的に実施すること。施設設置工事期間中は早朝・夜間及び休日は作業しないこと。」との三点の条件を付けてこれを許可した。
「平成九年六月に交付された廃棄物処理法の一部を改正する法律においては、『周辺地域の生活環境の保全について適正な配慮がなされたものであること』を許可の要件とし、県の主張が取り入れられたところであり、今回の裁決にあたっても、改正の趣旨を踏まえた結論が出されるものと信じておっただけに、生活環境の保全の観点から不許可処分をしたという県の主張が認められなかったことは非常に残念である。
本件の今後の取扱いについては、法律で裁決そのものを争うことはできないこととされているので、裁決の趣旨に従い許可処分をせざるを得ないものと考えている。」
5 国の動向
(一) 廃棄物の処理については、昭和四六年に施行された「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」によって規制されているところ、同法は平成三年に大幅に改正されたものの、廃棄物の増大に伴い、環境汚染や不法投棄などの問題が後を絶たず、平成九年六月一〇日にさらなる改正がなされている。
(二) また、中央環境審議会は、平成九年一一月四日、環境庁長官に対して「廃棄物に係る環境負荷低減対策の在り方について(第一次答申)」を提出した。この答申では、安定型廃棄物の最終処分基準に関し、「安定型廃棄物については、有機性汚濁の原因となる物質の含有・溶出、有害物質の溶出(望ましいレベルとしては土壌環境基準に相当するレベル)の観点からそれ自体問題の無いもの、あるいはそのような汚染の原因となるような物質の付着・混入が無いものに限定することが必要である。」と述べた上、「今後とも安定型処分が認められるものとしては、ガラスくず及び陶磁器くず(但し、ブラウン管、石膏ボード等を除く)及び建設廃材(コンクリートがら等)が該当する。さらに、これらについては、分別して排出されていることが明らかなもの、あるいは選別施設において十分に選別されたもの(熱灼減量が五パーセント以下となったもの)に限定する必要がある。上記以外の現行安定型品目(廃プラスチック類、金属くず及びゴムくず)については、特に適正なリサイクルの推進を図る観点から安定型処分場への搬入を抑制すべきであるが、廃棄物の円滑な処理のために、廃棄物の性状及び排出源、排出ルート等から汚染の問題が無いと判断される等、一定の要件を満たすものについては、限定的に安定型廃棄物として認めることが必要と考えられ。」と述べている。
二 本件の争点
1 本件処分場が埋立てを予定している廃プラスチック、建設廃材、ガラスくず及び陶器くず、金属くず(いわゆる「安定五品目」からゴムくずを除いた四品目)の安定性
2 本件処分場に、予定外の水質を汚染する可能性のある廃棄物が搬入される可能性があるか。
3 右1又は2が肯定された場合において、地下水が汚染される可能性があるか。
4 右1又は2が肯定された場合、本件処分場から、汚染された水が地表に流出する可能性があるか。
5 前記汚染された地下水または表流水により債権者らの人格権等の被保全権利が侵害される可能性があるか。
6 保全の必要性
第三 争点に対する当事者の主張と当裁判所の判断
一 争点1(本件処分場に搬入を予定されている廃棄物(いわゆる「安定五品目」からゴムくずを除いた四品目)の安全性)について
1 債権者らの主張
(一) 廃プラスチックについて
廃プラスチック類の埋立処分を行う場合には、予め、破砕、切断もしくは溶解加工し、または焼却設備を用いて焼却することが必要とされるが、破砕、切断されただけの状態の場合には、プラスチックに添加される可塑剤としてのフタル酸化合物が付着したままとなる。この物質には、極微量でも身体生命に対し、発癌性、生殖能力や胎内に対する毒性、免疫毒性、神経毒性等の影響を与えるとの指摘がなされている。また、廃プラスチックには、界面活性剤や安定剤等として用いられるノニルフェノール、ビスフェノールA等の物質が含まれているが、これらにも、発癌性、生殖能力や胎内に対する影響が指摘されている。さらに、プラスチックには、カドミウムや鉛などの重金属が塩化ビニール安定剤として、また、シアンがプラスチック添加剤の原料としてそれぞれ使われており、これは、後記(二)で述べるとおりの毒性を有している。また、廃プラスチックが焼却された場合には、焼却灰等の固体を生ずるが、これには、発癌性、生殖能力や胎内に対する毒性、免疫毒性、急性毒性や慢性毒性を有するダイオキシンが含まれている。また、焼却残滓には、重金属、ベンゼン等が含まれ、人体に重大な影響を及ぼす可能性がある。
(二) 金属くずについて
金属は、電流や化学反応により水に溶出するが、大量に投棄される鉄、銅、アルミニウム等は、一定量を超えると人体に影響を与えることは、周知のことである。
また、金属くずの中には、水銀、鉛、カドミウム、クロム、ニッケル、砒素、シアンが含まれることがある。カドミウムは、急性胃腸炎等の急性中毒症状や肺気腫、胃腸障害、腎臓障害等の慢性中毒症状を起こす。鉛は、四肢の伸筋麻痺等の急性中毒症状、血液障害、消化器障害、中枢神経系障害(無機鉛)、疲労感、無力感、頭痛、末梢神経炎(有機鉛)等の慢性中毒症状を起こす。砒素は、胃痙攣、嘔吐、チアノーゼ、脱水症等の急性中毒症状、胃腸障害、皮膚障害、鼻炎、気管支炎等の慢性中毒症状を起こす。水銀は、嘔吐、口腔咽頭炎、尿毒症、気管支炎等の急性中毒症状、浮歯感、血尿、中枢神経障害等の亜急性中毒症状、腎障害、中枢神経障害等の慢性中毒症状を起こす。ニッケルは、鼻腔癌、肺癌の原因となる。シアンは、嘔吐、呼吸困難、意識喪失などの急性中毒症状、慢性疲労、頭痛、精神異常、代謝障害等の慢性中毒症状を起こす。
(三) 建設廃材について
建設廃材のうち、コンクリートには、鉄筋や鉄骨が混在しており、その問題点は前項で述べたとおりである。また、現代の建築物には、いわゆる新建材が使われており、前記の廃プラスチックについて述べたことと同様な問題がある。さらに、現代の建築物は、防腐剤、シロアリ駆除剤等の様々な薬品が利用され、あるいは塗布されており、これらの物が本件処分場の水質を汚染する可能性はある。
(四) 陶器くず、ガラスくずについて
右の中には、テレビのブラウン管等が含まれ、鉛、亜鉛、銅、アンチモンの溶出もあり得る。また、容器として使用されていたものは、様々な物質を付着させたまま搬入される可能性がある。
2 債務者の主張
廃プラスチックの焼却残滓は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)及び同施行令により、安定型処分場ではなく、管理型処分場に埋立処分することが義務づけられているもので、その点の債権者らの主張は前提が誤っている。フタル酸化合物や有機リン系化合物は、現在要監視項目であり、環境基準値も定められておらず有害物質であるとの認定はされていない。
一般的にいって、安定五品目は、産業廃棄物の中でも水に溶けなくて、それ自身腐るものではないために汚水もでないという意味で安定しており、仮に、科学的知見に基づいてその危険性が合理的に疑われるのであれば、その都度、安定五品目の見直しを行い安定型処分場への埋立てを禁止するのが「廃棄物処理法」の原則であるところ、現にこれまで安定五品目の見直しは行われていない。
3 当裁判所の判断
(一) 疎明資料(甲二〇、二一、乙一一の一及び二、一二、二一、二二)によれば、プラスチックには可塑剤、安定剤、添加剤としてフタル酸化合物、重金属類等の物質が使われており、これらが人体に及ぼす影響については、未だ科学的に完全には解明されているとまではいえないものの、少なくとも、相当の悪影響を持つ可能性があることが専門家の間で指摘されていることが一応認められ、これらが本件処分場内の水質を汚染するおそれを認めることができる。そして、その指摘されている人体への作用は長時間継続するものであり、人間の生殖機能等に影響を与えることによって、世代を越えたものになり得ることが、現在の社会一般の認識となっている。そして、その社会一般の認識の科学的正確性が実証された場合には、その時点までに発生してしまっている被害の回復は極めて困難または不可能である。
以上の観点から、廃プラスチックには、有害な物質が含有されている可能性があると判断される。
(二) 金属が、人体に有害な影響を与えること、その金属が重金属類である場合には、その影響が更に重大であることは当裁判所に顕著な事実であり、これらの金属が本件処分場の水質を汚染する可能性は十分認められる。
(三) 建設廃材については、債権者らの主張を、債務者も積極的には反論していないし、当裁判所も債権者らの主張を顕著な事実として是認することができる。また、建築資材には人体に有害な物質が含まれている事実は、疎明資料(甲二五、二六)によっても一応認めることができ、これらの有害物質が本件処分場の水質を汚染する可能性が認められる。
(四) ガラスくずについては、債権者らの主張を、債務者も積極的には反論していないし、当裁判所もガラスくずには、様々な物質が付着したまま搬入される可能性があるとの債権者らの主張を顕著な事実として是認することができ、これらの有害物質が本件処分場の水質を汚染する可能性が認められる。
(五) 一般論として、安定五品目の人体の安全に対する科学的かつ客観的な影響が必ずしも明確になっていないことは債務者の主張するとおりであるが、その危険性について、既に述べたように、一般社会において強い危惧の念を持たれていることは当裁判所に顕著である。現に、行政的規制においても、それまで安全であると思われていた廃棄物のあるものについてその毒性が疑われてきたために、安定五品目から除外する扱いがなされたものがあり、現在もその検討が継続されているところである(甲三、四、乙一八ないし二〇)。そうとすれば、前記一般社会の強い危惧の念は根拠がないものということはできず、債務者の主張は採用できず、後記のとおり、債権者らの被保全権利を侵害する危険はあるものと判断される。
二 争点2(予定外の廃棄物が混入される可能性)について
1 債権者らの主張
安定五品目のみを完全に分離することは不可能であり、安定五品目以外の廃棄物が付着、混入される危険性が極めて高いことは、各地の決定例などから明らかであり、司法判断としてすでに確立しているというべきである。
2 債務者の主張
本件処分場では茨城県知事が平成一〇年一月三〇日付け許可処分において条件を付したとおり、廃棄物の埋立て前に、展開検査、すなわち、特定の契約者から運び込まれた廃棄物を一旦、本件処分場の地面に降ろし、手で仕分け作業をして分別し、安定五品目以外の廃棄物が混入していた場合はこれを業者に持ち帰らせるなどして本件処分場での処分を拒否することになっている。また、廃棄物搬入業者には、安定五品目の分別を目的として搬入廃棄物の内容を明記したマニフェスト表の作成提出を義務づけることなどにより、安定五品目以外の廃棄物が混入しないようできる限りの努力をする方針である。
3 当裁判所の判断
疎明資料(甲一八、一九)によれば次の事実が一応認められる。
(一) 安定型処分場に搬入が認められていない廃棄物の流入を阻止するため、マニフェスト表の作成提出を義務づけることなどにより種々の方策が採られているが、現実には、安定五品目以外の廃棄物の流入を阻止することは、取引上の力関係、採算面などから容易なことではない。
(二) また、現実の最終処分場において、認められている以外の廃棄物が搬入され、その後に問題が起こった事例が報告されている。
(三) さらに、廃棄物は、その性格上、本来的に種々雑多のものが混入しやすいものであり、それを丹念に分離することは、極めて困難且つ複雑な作業を必要とすることは当裁判所に顕著な事実である。そのために、行政においても、種々の努力・工夫が続けられている(乙二四の一及び二)ことは債務者主張のとおりであるが、右問題点を完全に解決できているとまでは認められない。本件処分場についてみると、一一年という長期間にわたり、容量一二万七九四七立方メートル、重量一〇〇〇トンという大量の廃棄物を処理することを目的とするわけであるから、右の分離の困難性に関する一般論は当然に当てはまるということができる(甲二の一)。
(四) よって、本件処分場へも、予定外の廃棄物が混入される可能性は存在するといわなければならない。
三 争点3(地下水汚染の可能性)について
1 債権者らの主張
本件土地の底部、北側及び西側の斜面についてはシルト岩層となっているが、このシルト岩層は、難透水性であるといっても全く水が浸透しないわけではなく、汚染された処分場の保有水が、シルト岩層に浸透して汚染された地下水となる危険性がある。
また、南側については、コンクリート製の仕切り板を設置して、その南側には普通土を埋め立てる予定であるが、仕切板といっても一枚のコンクリート板ではなく、何枚も継ぎ足していくものであるから、その隙間から廃棄物によって汚染された処分場の保有水が普通土で埋め立てた部分に浸出し、地下水や表流水となって流れていく危険がある。
さらに、処分場の東側については、岩砕によって堰堤を築き、その法面に遮水シートを張る計画であるが、確かに、遮水シートが有効に機能すれば、その面についていえば、処分場の保有水がしみ出す可能性はないことになるが、それが破損する可能性は高い。
2 債務者の主張
本件処分場は、東側の堰堤部分を除き、その一、二メートル程の表土層(埋立予定地底部及び堰堤本体が接する底部、両側面の表土は全て撤去する)の下は、全て難透水性の泥岩の岩盤である。また、その東側には表土を全て撤去して谷部両側面及び底部の泥岩に接して、遮水シートを張った堰堤を築くのであるから、廃棄物と接触した水が地下水や表流水となって汚染されたままの状態で外部に浸出する危険性はない。
本件処分場予定地には、湧水もなく、地下水脈も確認されていない上、地下岩盤が難透水性であることから、そのかなりの部分は蒸発するはずであり、残りが地下に浸透する。仮に、廃棄物と接触した水にフタル酸エステルなどの添加剤や溶出した金属類が含まれていたとしても、長時間かけて地下に浸透していく過程で、微生物などによる自然分解作用や土壌による吸着作用及びろ過作用などにより周辺環境を汚染する危険性は全くなくなるものと解される。
3 当裁判所の判断
疎明資料(甲二二、二九の一、三二、四一、乙三、四)によれば、次の事実が一応認められる。
(一) 遮水シートは、法的には、管理型処分場においてその設置が義務付けられているものであるが、現実にそれが設置された数カ所の管理型処分場で、その遮水シートが破損した例がある。そして、当初予想されていた遮水シートの耐用年数と現実にそれが破損するまでの期間との間に相当の誤差を生じている。
(二) 遮水シートは、技術的に複数のものを接着接合して用いる必要があるが、その接合は技術的な困難を伴い、その部分は特に破損しやすくなる傾向がある。
(三) 本件処分場予定地の地盤は、泥岩によって構成され、泥岩は、地質学的には堆積岩に属し、工学的には軟岩に属する。地下水脈は右泥岩で隔絶された深いところに位置しており、地下水に流入する雨水などの表面水は少ない。
(四) 表面水の多くは泥岩の表面を通じて河川等に流入する。また、右泥岩は上部は多少風化しているがそれより深部に風化は見られず、ボーリングによるコアーが棒状となる程度の堅さを持つ。湧水は見られず、二〇メートル程度の深度までは地下水は発見されていない。
(五) 以上を総合して考えると、当裁判所としては、遮水シートが破損する可能性は後述のとおり否定できないが、仮にそれが破損したとしても、そのことによって、地下水が汚染される可能性までは認められない。したがって、債権者らの申立てのうち、井戸の水質が汚染されることを根拠としている部分は、その余の点について判断するまでもなく、認められない。
四 争点4(本件処分場から汚染された表流水が流出する可能性)について
1 債権者らの主張
本件処分場の南側について、コンクリート製の仕切板を設置して、その南側には普通土を埋め立てる予定であるが、仕切り板といっても一枚のコンクリート板ではなく、何枚も継ぎ足していくものであるから、その隙間から廃棄物によって汚染された処分場の保有水が普通土で埋め立てた部分に浸出し、地下水や表流水となって流れていく危険性がある。
更に、処分場の東側については、岩砕によって堰堤を築き、その法面に遮水シートを張る計画である。確かに、遮水シートが有効に機能すれば、その面についていえば処分場の保有水がしみ出す可能性はないことになるが、東京の日の出処分場の例などからも明らかなように、遮水シートは永久的なものではなく容易に破れるものである。特に、本件の場合、堰堤は岩砕を積み上げて築造するものであって、その表面がたとえばコンクリート面のように平らでない可能性があり、そこに廃棄物が投入され積み上がるのであるから、相当な圧力が加わり、シートが破れる可能性は極めて高いというべきである。そもそも遮水シートは、管理型処分場において用いられるものであるが、管理型の処分場であれば、遮水して貯めた保有水を処理して放流する設備をともなうものであるが、本件処分場においては、遮水シートによって形成された保有水を処理する設備が全くなされておらず、結局保有水は汚染されたままの状態で外部に浸出する結果となる。
2 債務者の主張
(一) 本件処分場の東側には岩砕によって堰堤(高さは第一期計画で一〇メートル、最終的には一五メートル、厚さは堰堤下部で約六〇メートル)を築き、堰堤の埋立側には管理型処分場のように遮水シートを張ることになっている。
右堰堤については、処分場予定地内から出た泥岩の岩砕を更に細かく破砕して堰堤の材料とするものである。
そして、そもそも遮水シートは適切に使用すれば、決して容易に破れるようなものではない。
更に近年、遮水シートの品質、性能の向上には著しいものがあり、従来の塩化ビニール製の他、より伸縮性に富んだゴム質製のものや高分子ポリマーを間に挟んだポリエチレン系のサンドイッチ構造のものなどが開発されている。
(2) 債務者は、本件処分場では、堰堤の埋立側に張る遮水シートによる遮水性を完全にするために、次のような仕様にする計画である。
(1) 堰堤内側下部岩盤の地下五メートルまで遮水シートを施す。
(2) 遮水シート(三ツ星ベルト株式会社製ミズシートS・厚さ1.5ミリメートル)を二重にし、更にシートとシートとの間に高い保護機能を備えた排水マット(同社製マイティマットGR・厚さ一四ミリメートル)を加える。
(3) 堰堤と下層遮水シートとの間に保護土(厚さ五〇〇ミリメートル)と保護マット(厚さ一〇ミリメートル)を敷設することで、堰堤盛土(泥岩の岩砕を更に細かく破砕したもの)による遮水シートの損傷を防止する。
(4) 上層遮水シート保護のため、保護マット(厚さ一〇ミリメートル)を敷設し、更に保護土(厚さ三〇〇ミリメートル)を施す。
(5) 廃棄物の埋立てにあたり、遮水シートの近くには廃プラスチックを埋め、固い金属くずなどは埋めないようにする。
3 当裁判所の判断
遮水シートの強度について、当裁判所が科学的に的確な判断をすることはできないが、前記(三項の3の(一))のとおり、現実に相当数の管理型処分場において破損した事実が存在し、疎明資料(乙一五の一及び四、二五)によっても、その後の改良によって、長時間にわたってその安全性を現実に実証したとまではいうことができず、その破損の可能性を否定できない。まして、遮水シートは、地下の深いところで、かなりの高圧のもとに敷設されるものであり、その耐久期間については本件処分場が稼働している間だけでも一一年であり、当然その後も長時間にわたり遮水性を維持することを求められるものである。以上を総合すると、遮水シートが破損しないことを前提にして水質汚染の可能性を判断することはできない。したがって、遮水シートが破損する可能性を踏まえて判断すれば、本件処分場内で汚染された水が破損した個所から浸出し、地表近くの土壌を経由し泥岩の表面を通じて処分場外に流出する可能性が認められることになる。もちろん、それから田野川に至るまでの経路でろ過、浄化されることがある(乙九、一〇)ことは認められるが、それによって、完全に汚染が除去される科学的根拠がない以上、後記債権者らの被保全権利の侵害の可能性は否定できない。
五 争点5(債権者らの被保全権利侵害可能性)について
1 債権者らの主張
(一) 債権者目録一ないし六記載の各債権者は、債権者目録四記載の大部新一郎を除き、いずれも水戸市に居住するかあるいは勤務先を有し、水戸市の供給する水道水を飲用している者である。
(二) 債権者目録一記載の債権者三名は、水道水を利用するほか、本件処分場付近に自宅を有し、井戸水を生活用水として利用するとともに、本件処分場周辺に水田を有し、本件処分場からの排水が流入する田野川の水を農業用水として利用している者である。
(三) 債権者目録二記載の債権者三名は、水道水を利用するほか、本件処分場付近に自宅を有し、井戸水を生活用水として利用している。
(四) 債権者目録三記載の債権者一〇名は、水道水を利用するほか、本件処分場周辺に水田を有し、本件処分場からの排水が流入する田野川の水を農業用水として利用している者である。
(五) 債権者目録四記載の債権者八名は、大部新一郎を除き水道水を利用するほか、「田野川いがた堰高根水利組合」に所属し、田野川の水をいがた堰より汲み上げて農業用水として利用している者である。
また、右八名のうち、大部敏男、大部保寿、大部守、大部新一郎、大部幸一の五名については、自宅で井戸水を生活用水として利用しており、特に大部新一郎については、水道水を引かず、井戸水のみで生活している者である。
(六) 債権者目録五記載の債権者四五名は、水道水を利用するほか、「北川地区土地改良共同施行」なる団体に所属し、本件処分場からの排水が流入する田野川の水を農業用水として利用している者である。
(七) 権利の内容
水道水及び井戸水を利用している債権者らには、身体権としての浄水享受権及び平穏生活権の一環としての浄享受権が認められる。田野川の水を農業用水として利用している債権者らには、水利権の他、身体権としての安全食料享受権及び平穏生活権の一環としての安全食料享受権、並びに職業選択権・職業遂行権等を含む人格権が認められる。
2 債務者の主張
(一) 債務者大部新一郎は、その自宅が本件処分場から北東方向約七五〇メートル離れた位置にある(乙一)。本件処分場の標高は底部で約44.7メートル、最高部(埋立完了時の廃棄物の高さ)で約58.7メートルである(乙五の一)。本件処分場の北側と南側には最高部で八〇メートル程の緩やかに西方向から東方向に向かって傾斜している尾根がある(乙一)。本件処分場は、北側と南側が右尾根に挟まれた、東方向に向かって緩やかに傾斜している細長い沢状の地形である。同債権者宅付近もほぼ西方向から東方向に向かって緩やかに傾斜している地形である。本件処分場の北側の分水嶺となっている尾根の北側には、標高約三三メートルから約三八メートルの低地帯がある。
以上のとおり、本件処分場と債権者大部新一郎宅付近は双方とも、ほぼ西方向から東方向に向かって緩やかに傾斜している地形であること、本件処分場と債権者大部新一郎宅とは直線距離にして約七五〇メートル離れていること、本件処分場の標高が底部で約44.7メートルであるのに対して、大部新一郎宅の標高が約四三メートルであること、本件処分場と大部新一郎宅との間には標高約三三メートルから約三八メートルの低地帯があること、大部新一郎宅の井戸が浅井戸であると考えられることなどからすると、本件処分場から滲出した水が地下水となり、右大部新一郎宅の井戸に混入する可能性は全くない。
(二) 以上から、債権者目録一の横山茂、同目録三の園部弘俊らが生活用水として利用している井戸水が汚染される可能性もない。
本件処分場と最も近接した大部幹男宅でも本件処分場とは直線距離にして約五〇〇メートル離れていること、本件処分場と右債権者ら宅付近が双方とも、ほぼ西方向から東方向に向かって緩やかに傾斜している地形であること、本件処分場の標高が底部で約44.7メートルであるのに対して、大部幹男宅の標高が約四五メートルであること、本件処分場と大部幹男宅との間には標高約三五メートルから約四〇メートルの低地帯があること(乙一)、大部幹男宅を含めて右債権者ら宅の井戸が四、五メートル程の浅井戸であることなどから、本件処分場から滲出した水が地下水となり、右債権者ら宅の井戸に混入する可能性は全くない。
(三) 債権者目録一の島勝一、同目録二の菊池清美、島ヨネらの自宅と本件処分場との間には標高約六〇メートルから約七〇メートルの尾根があること、付近一帯の地形が西方向から東方向に向かって緩やかに傾斜していること、最も近接した島勝一宅で標高が約四二メートルであること、右債権者ら宅の井戸が四、五メートル程の浅井戸であることなどから、本件処分場から滲出した水が地下水となり、右債権者ら宅の井戸に混入する可能性は全くない。
(四) 以上から、債権者目録三ないし五記載の各債権者の水利権を侵害する可能性もない。何故ならば、廃棄物と接触した水が本件処分場から表流水として田野川に直接流入することはあり得ないし、地下に浸透した水がそのままの状態で田野川に滲出することもあり得ないからである。
(五) 債権者目録一ないし六記載の債権者のうち、大部新一郎を除く債権者らについても、以下の理由で水戸市の水道水を本件処分場が汚染する可能性はないので、その権利を侵害することはない。
(1) 本件処分場と田野川と那珂川の合流地点までは直線距離にして約四七〇〇メートル離れており、水戸市の水道の枝内取水口は右合流地点から下流約三五〇メートルの地点にある。
(2) 本件処分場の東側には堰堤が築かれて、その廃棄物と接触する内側には遮水シートが張られるのであり、本件処分場からの表流水が田野川に直接流入することはあり得ない。
本件処分場の谷部側面及び底盤の基礎は密に固結した難透水性の泥岩層で、本件処分場予定地には湧水も地下水脈も確認されていないことから、地下に浸透した水が滲出して田野川に表流水となる可能性もない。
仮に、その可能性があるとしても、本件では自然の浄化作用が十分に期待できる上、処分場の地下に浸透した水は大部分が深層地下水や伏流水になり、田野川に滲出して表流水になる量は極めて僅かである。
(3) 枝内取水口の水源は、年間流量約二五億トン(昭和六一年から平成七年までの平均値・観測点御前山村野口・建設省資料による)(乙一四)といわれる那珂川の膨大な表流水である。
(4) 以上のとおり、枝内取水口から取水される水戸市の水道原水が、許容限度を超えて汚染される危険はない。
3 当裁判所の判断
債権者らの被保全権利について
(一) 債権者らが、その生活していくうえでの様々な利益の中で、生命・健康を維持して、快適な生活を営む利益が法的に保護されるべき人格権として認められることは確立した法理といえる。その人格権の一内容として、社会一般の感覚に照らして、生命・健康に危険のない質の飲料水、生活用水を確保することが含まれるといえる。そして、右内容の人格権は、その性質からみて、法的に最大限の保護に値するものであり、他人の行為により侵害される可能性がある場合には、その行為を事前に差し止めることが認められるものと解する。
(二) 疎明資料(甲一〇、三〇、三一)によれば、債権者らの井戸水、水道水、田野川の水の農業用水としての利用状況が債権者らの主張(前記1項の(一)ないし(六))のとおりであることが一応認められる。
しかし、井戸水を飲料水・生活用水として用いている債権者については、井戸水の汚染の可能性が認められないことは前述のとおりであるので、それを前提にした債権者らの被保全権利侵害の危険は認められない。
(三) 疎明資料(乙二)によれば、本件処分場と水戸市の上水道の取水口との位置関係は債務者主張(前記2項の債務者の主張(五)(1))のとおりであることが一応認められるが、そのことによって、水道水が汚染されないという根拠にはなり得ず、水道水が汚染される可能性は否定できないというべきである。そして、水道水は、本来、長期間にわたって摂取するものであり、直接人体の健康に対して基本的な影響を及ぼすものであるから、汚染物質の流入が危惧される場合、その量が人体に影響がないほどの微量であることが積極的に疎明されない以上、それを利用している債権者らの被保全権利の侵害の可能性を否定することはできないと解すべきである。
(四) 処分場周辺に水田を有し、処分場からの排水が流入する田野川の水を農業用水として利用している債権者らについては、農業経営を侵害されないような安全な水質を確保することのできる権利を有すると考えられるところ、他人の行為によって、水質が害され、右権利が侵害される可能性が高く、その侵害の程度が深刻である場合には、その行為を事前に差し止めることも認められると解する。
そして、本件については、前項に既述したのと同じ理由で、汚染された水が流入することによって、農作物が汚染される可能性は認められる。
(五) 「田野川いがた堰高根水利組合」に所属し、田野川の水をいがた堰より汲み上げて農業用水として利用している債権者らについても、前項と同じ理由で水利権侵害の可能性が認められる。
(六) 「北川地区土地改良共同施行」なる団体に所属し、処分場からの排水が流入する田野川の水を農業用水として利用している債権者らについても前項と同様である。
六 保全の必要性
1 債権者らの主張
債務者は、大型の建設機械二台を本件処分場予定地に搬入して工事に着手する構えを示しているが、本件処分場が完成し廃棄物が埋め立てられ、地下水等の汚染が生じた場合には、その回復は極めて困難である。
本件仮処分によって処分場の建設を差し止めるほか、債権者らの権利を保全する方法はない。
2 債務者の主張
(一) 債権者らのうち、井戸水を飲用水ないし生活用水として利用している債権者が居住している地域は、水戸市の上水道が完備した地域である。したがって、現在飲用水ないし生活用水を井戸水に依存せざるを得ない状況にはない。
(二) 井戸水を飲用水として利用しているという大部新一郎にしても、水戸市の上水道を利用することは極めて容易なことであり、債務者はいつでも同人のため無料で上水道設置工事をする意思がある。
また他の債権者らにしても炊事、洗濯や風呂水などの生活用水には水戸市の上水道を日常的に利用していると考えられ、もともと右債権者らが居住する地域がたまり水を利用していた浅井戸地帯で、現在その大部分の井戸の水質が飲用不適であることから、どこまで現実に生活用水として利用しているか疑わしい。
(三) したがって、右債権者らには、同人らが利用している井戸水を汚染する危険性があると主張して、本件処分場の建設工事の差止めを求める緊急の必要性もないというべきである。
3 当裁判所の判断
(一) 前記のとおり、本件処分場から流出する水によって汚染される可能性のある河川から取水される水道水を使っている債権者らについては、その危険が顕在化した場合は、その結果は重大であり、回復が困難または不可能であることを勘案すると保全の必要性はあるものと思料される。
(二) しかし、田野川の水を農業用水として利用していることを根拠として権利を主張している債権者らについては、農業用水は、水道水のように直接汚染水そのものが人体に影響を及ぼすものではなく、その水によって生育した農産物に影響することによって間接的に影響するわけであり、万一被害が発生した場合は、その発見及び回復も飲用水ほど困難とは思料されないので、事前差止めまでを求める保全の必要性はないものと判断される。
(裁判長裁判官鈴木航兒 裁判官中野信也 裁判官植村幹男)
別紙物件目録<省略>